東京地方裁判所 昭和54年(ワ)5058号 判決 1980年11月27日
原告
小澤義廣
被告
清田享
主文
1 被告は、原告に対し、金二二四八万八三九二円、及び内金二一三八万八三九二円に対する昭和五三年九月一九日から、内金一一〇万円に対する昭和五四年六月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金四五四五万八二三九円及びこれに対する昭和五三年九月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生(以下、本件交通事故という。)
(一) 日時 昭和五三年九月一八日午後一一時五〇分ころ
(二) 場所 千葉県松戸市常盤平陣屋前二七番三先道路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(足立五六ほ八二四七)
右運転者 被告
(四) 被害者(同乗者) 原告
(五) 態様 被告は、加害車を運転して前記場所を北松戸方面から常盤平方面に向い進行中、同所新京成線踏切を越えた直後に左側のコンクリートブロツクに激突し、同車助手席に同乗していた原告は負傷した。
2 責任原因
被告は前記加害車の保有者であり、同車を自己のために運行の用に供していた者である。
3 傷害と治療経過
原告は、本件交通事故により右眼眼球破裂、顔面裂傷及び打撲による歯根破折の傷害を受け、本件事故直後、訴外常盤平中央病院に入院し、次いで訴外松戸市立病院に転医し、右眼球内容除去手術を受け、昭和五三年一〇月七日まで入院加療を受け、その後同年一二月二九日まで通院し、以後自宅療養をしている。原告は昭和五三年一一月二九日、その症状は固定し右眼失明、顔面裂傷の醜状瘢痕の後遺症を残すことになつたが、右眼失明は自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害一覧表第八級に、顔面醜状瘢痕は同表第一二級に該当し、右を併合すると同表第七級に該当するものである。
4 損害
原告は、本件交通事故により前記傷害を受け、これにより次の各損害項目を内容とする損害を被つた。
(一) 治療関係費 金六四万八五八〇円
原告は、本件交通事故により治療費、診断書料、検査料、再診料、薬代として合計金六四万八五八〇円の支払を余儀なくされた。
(二) 入院雑費 金五万円
原告は前記入院期間中、諸雑費として合計金五万円の支払を余儀なくされた。
(三) 休業損害 金九四万〇九九八円
原告は、本件交通事故当時、東京都台東区上野五丁目二五番五号所在の訴外株式会社流通商会に社員として勤務していたが、本件事故日から三ケ月間本件交通事故のため稼働することができず、この間、少なくとも事故直前の三ケ月間の平均月額給与金三一万三六六六円の三ケ月分に該る合計金九四万〇九九八円の得べかりし収入を喪失した。
(計算式)
313,666×3=940,998
(四) 後遺症による逸失利益 金三五二六万八六六一円
原告は昭和二一年五月二一日生れ(本件事故当時は満三二歳)の健康な男子であり、前記勤務先での昭和五二年の年間総収入は金四五一万七二一〇円(月額平均金三七万六四三四円)を得ていたのであり、満六七歳までなお三五年間稼働し得、この間、右の収入を下廻らない収入を得られた筈であるところ、前記右眼失及び顔面裂傷醜状瘢痕の後遺症を残し、前記のように第七級に該当し現在及び将来ともに五六パーセントの労働能力を喪失したとみるべきであるので、この間の後遺症により喪失した得べかりし利益を新ホフマン式計算法により現価になおすと金五〇三八万三八〇二円となる。
(計算式)
4,517,210×0.56×19.9174=50,383,802
なお、原告は、被告の飲酒を知りながら同乗したうえで本件交通事故に遭遇した点、原告にも過失があるので右金額から三〇パーセントを減額した金三五二六万八六六一円を求める。
(五) 慰藉料 金五五五万円
(1) 入通院慰藉料 金六五万円
原告は、前記したような入院(二〇日)及び通院(三ケ月)加療を受け、この間大きな精神的苦痛を受け、その慰藉料は金六五万円を下らない。
(2) 後遺症慰藉料 金四九〇万円
原告は、前記後遺障害を残し、これにより大きな精神的苦痛を受け、その慰藉料は金七〇〇万円を下らない。しかし、原告にも前記のような過失があるので右金額から三〇パーセントを減額した金四九〇万円を求める。
(六) 弁護士費用 金三〇〇万円
原告は、被告が任意の支払に応じないので、原告訴訟代理人に本訴の提起及び遂行を依頼し、その報酬として金三〇〇万円の支払を約した。
(七) 合計
以上、(一)ないし(六)の各損害項目の金額を合算すると金四五四五万八二三九円となる。
5 結論
よつて、原告は被告に対し本件不法行為に基づく損害賠償金金四五四五万八二三九円とこれに対する不法行為日の翌日である昭和五三年九月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は認める。
2 同第2項の事実は認める。
3 同第3項の事実は不知。
4(一) 同第4項(一)の事実は不知。
(二) 同項(二)の事実は不知。
(三) 同項(三)の事実は不知。
(四) 同項(四)の事実は不知。但し、現価率はライプニツツ方式によるべきであり、また原告主張の収入額の継続性は乏しい。
(五) 同項(五)の事実は不知。
(六) 同項(六)の事実は不知。
三 抗弁等
原告と被告は、中学時代からの親友であり爾来交友関係を結んでおり、本件事故日の昭和五三年九月一八日には、被告は、都内から前記被告所有車を運転し、午後八時ころ、原告の伯母を松戸市内の病院に見舞い、午後一〇時ころ、原告が居住する松戸市内のスナツクで落ち合い午後一一時二〇分ころまでの間にそれぞれウイスキー水割り四、五杯を飲み、二人とも夕食をとつていなかつたこともあり、かなり酔いが廻つていた。その後、被告は食事をとるために原告を同乗させて原告宅に赴いたが、深夜のために食事の用意がなかつたため、再び外の食堂で食事をしようとして被告所有車に原告を乗せて出かけたが、原告との雑談に気をとられていて前方の注意を怠り、自車を進路前方道路左側にある踏切脇のコンクリート柵に激突してしまつた。以上によれば、原告は、被告が飲酒して運転することの危険性を知りながら、自らも飲酒のうえ被告所有車に無償で好意同乗したうえ、被告に運転上の注意を与えず却つて話しかけて雑談する等の過失があつたものであるから、原告の全損害額の五割について減額をすべきである。
四 抗弁等に対する認否
抗弁等の事実中、原告が被告は飲酒運転をすることは知りつつ被告所有車に無償乗車したことは認めるが、その余は争う。原告は、自己の右のような過失を認め、前記のように後遺症に関する逸失利益及び慰藉料の各損害項目につき三〇パーセントの減額を加えて請求したが、全損害項目につき五〇パーセントの減額をなすべきである点は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項(事故の発生)、(一) 日時、(二) 場所、(三)加害車、右運転者、(四) 被害者、(五) 態様、同第2項(責任原因)の各事実は当事者間に争いがない。
二 被告は、過失相殺の抗弁等を主張するので、次にこの点を検討する。
原本の存在とその成立に争いのない甲第二、第三号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証の一、二、同第二、第三号証及び原告本人並びに被告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認められる。
被告は、本件交通事故日である昭和五三年九月一八日午後七時ころ、前記加害車を運転して都内新小岩の自宅を出発し、午後八時から九時まで千葉県松戸市内の病院に小学校以来親しく交誼を重ねている原告の母を見舞い、その後、いつものように宿泊するつもりで原告宅に赴くも原告が不在であつたため、その家人に同所から徒歩二、三分の場所にある行きつけのスナツク・マンガで待つている旨言付け、原告宅前の路上に自車を駐車させて、午後九時三〇分ころ右スナツクに入り、原告が同スナツクに駆け付けた午後一〇時ころまでに水割りウイスキー二杯ほどを飲み、さらに同一一時三〇分ころまでに同じく水割りウイスキーを原告と二人でそれぞれ四杯ほど飲んだ後、連れ立つて原告宅に戻つたけれども、夜も更けたので外で食事をとろうということになり、どちらが言うともなしに車で行くため原告宅前に駐車する加害車の運転席に被告が、助手席に運転免許を持たない原告がいつものように乗り込んだ。そして被告は松戸市稔台に向けて運転を開始し、走行二、三分後の午後一一時五〇分ころ、原告宅から一〇〇〇メートルも離れてはいない本件事故現場付近の道路(平担、乾燥のアスフアルト舗装)上を北松戸方面から八柱方面へ向け毎時約四〇キロメートルの速度で東進中、新京成線八柱第二踏切を越え前方約一一八メートルの位置に信号機を発見したので、原告を見て進路はどちらかと尋ね脇見した途端、右踏切を越えた直近の道路左側に設置されたコンクリート柵(ブロツク、幅二・一メートル、高さ一・一メートル)に自車前部を正面衝突させて停車した。なお、本件事故現場付近は明るく見通しも良い場所であつたほか、事故後における被告の呼気中アルコール濃度は一リツトル中に〇・三ミリグラム以上であつた。
以上の事実が認められ(前記一で述べたように本件事故の態様については当事者間に争いがない。)、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定の事実によれば、先ず原告が一緒に相当量の酒を飲んだ被告が運転する自動車に乗車した過失がある点は原告が自認するところであるが、さらに原告には進路前方の安全を確認しつつ進路の指示を適切になすべき注意義務を怠つた過失があるというべきである。しかるとき、原告が賠償を求める人的損害の内容をなす各損害項目の金額を算定するにあたり原告の右過失を斟酌するのが相当であり、さらに慰藉料項目の算定にあたつては相応の斟酌をなすべき程度にある前記のような好意同乗の態様を併せ考慮するとき、後記各損害項目の金額につきいずれも四五パーセントの減額をするのが相当である。
三 いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第四ないし第八号証及び同第一〇号証、原本の存在は当事者間に争いがなく弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九号証、原告を撮影したものであることは当事者間に争いがなく原告本人尋問の結果によれば原告主張の年月日に撮影したと認められる写真である甲第二二号証の一ないし四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
原告は、本件交通事故により右眼眼球破裂、顔裂傷及び打撲による歯根破折の傷害を受け、事故直後、松戸市常盤平六丁目一番地八所在の訴外常盤平中央病院に緊急入院し、頭部レントゲン検査及び挫創部の処置等を受けた後、昭和五三年九月一九日、松戸市上本郷四〇〇五所在の訴外松戸病院眼科に転医入院し同月二一日右眼眼球内容除去手術を施行され、一〇月七日まで二〇日間入院し、以後症状が固定した同年一一月二九日までの五三日の間に一〇日通院して治療を受けたほか、昭和五三年一〇月九日から一二月二九日までの間に二六日、訴外佐藤歯科に通院して治療を受けた。そして、原告が右一一月二九日に症状固定とされた右眼失明は自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害一覧表の第八級に、顔面醜状痕は同表の第一二級に該当する。
以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
四 (損害)
原告は、本件交通事故により前記傷害を受け、これにより以下の損害項目を内容とする損害を被つた。
1 治療関係費 金三五万六七一九円
前掲甲第七、第八号証と同第一〇号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第一四号証の一ないし一四、同第一六号証の一ないし三、原本の存在は当事者間に争いがなく原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる第一五号証によれば、原告は、本件交通事故により治療費、診断書料、検査料、薬代として合計金六四万八五八〇円を下らない支払をしたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そこで右金額に前記過失相殺による四五パーセントの減額をすると金三五万六七一九円となる。
2 入院雑費 金六六〇〇円
原告は、前記認定のように訴外松戸病院に二〇日入院したが、経験則に照らせば、一般に入院期間中は平均すると一日当たり金六〇〇円程度の雑費を支出するのが通常であると認められるから、本件においても、右入院期間中右と同程度の支出をしたものと推定され合計金一万二〇〇〇円の支出を余儀なくされたものと認められ、他に右認定に反する証拠はない。右金額に前記過失相殺による四五パーセントの減額をすると金六六〇〇円となる。
3 休業損害 金四一万四〇三八円
原告本人尋問の結果及びこれにより原本の存在及び真正に成立したと認められる同第一一ないし第一三号証と同第二一号証及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
原告は、本件交通事故当時、東京都台東区上野五丁目二五番五号所在の訴外株式会社流通商会に社員(営業)として勤務していたものであつたが、昭和五三年九月一九日から後遺症状固定日の一一月二九日までの七二日間にわたり前記入通院治療のために稼働できず、この間少なくとも月収金三一万三六六六円を得られた筈であるから、右の期間に少なくとも合計七五万二七九八円の得べかりし所得を喪失した。
(計算式)
313,666÷30×72=752,798
右金額に前記過失相殺による四五パーセントの減額をすると金四一万四〇三八円(一円未満切捨)となる。
4 後遺症による逸失利益 金一六二一万一〇三五円
成立に争いのない甲第一号証、原本の存在は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二五号証、前掲甲第一一ないし第一三号証、同第二一号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。
原告は、昭和二一年五月二一日生れの事故当時満三二歳の健康な男子であり、数次の転職の後、昭和四八年九月、訴外有限会社流通商会(時計貴金属の卸業、従業員数は一〇名)に入社し営業を担当していたが本件交通事故後、右訴外会社からの勧告を受けて退職し、その後は個人的に時計ブローカーを始めたが収入は月一三万ないし一五万円であり、また原告の後遺症は右眼失明(第八級)、顔面醜状瘢痕(第一二級)であることは前記認定したが、その併合繰り上げ等級は第七級になり、当裁判所に顕著な労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号によれば同級の労働能力の喪失率は五六パーセントであり、右後遺症は終生残存することが明らかである。そして原告は本件交通事故前に少なくとも金四〇〇万円を下らない年間収入をあげていた。
以上認定の事実を基礎として原告の職種、後遺障害の程度及び内容、減収の程度その他諸般の事情を総合して判断するとき、原告は右症状固定日から平均余命の範囲内で少なくともなお三五年間稼働できると認められ、この間前記金四〇〇万円の年間収入を前提とすると平均四五パーセントの労働能力が減退すると認められるので、これらを前提として計算した後遺症に基づく相当因果関係のある逸失利益の金額に、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、その現価を求めると金二九四七万三三八〇円となる。
(計算式)
4,000,000×0.45×16.3741=29,473,380
右金額に前記過失相殺による四五パーセントの減額をすると金一六二一万一〇三五円(一円未満切捨)となる。
5 慰藉料 金四四〇万円
前記認定の本件交通事故の態様、受傷の程度及び内容、治療期間及びその経過、後遺症の程度及び内容その他諸般の事情を総合すると、本件事故により原告が被つた精神的苦痛を慰藉するのに相当な賠償額は金八〇〇万円を下廻らないと認められ、右金員に前記過失相殺等による四五パーセントの減額をすると金四四〇万円となる。
6 弁護士費用 金一一〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に対し本訴の提起及び遂行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約していると認められるところ、本件事案の内容、審理経過、難易度、前記損害項目の金額に鑑み、弁護士費用は金二〇〇万円をもつて本件事故と相当因果関係あるものと認めるのが相当である。
右金額に前記過失相殺による四五パーセントの減額をすると金一一〇万円となる。
7 合計
以上1ないし6の各損害項目の金額を合算すると金二二四八万八三九二円となる。
五 以上の次第であるから、被告は原告に対し本件不法行為(自動車損害賠償保障法三条)に基づく損害賠償金二二四八万八三九二円及び内金二一三八万八三九二円に対する不法行為日の翌日である昭和五三年九月一九日から並びに内金一一〇万円に対する訴状送達の日であることが記録上明らかな昭和五四年六月一四日の翌日である一五日から各支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、その請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当して棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田龍樹)